出村恭子(金沢信用金庫)

出村恭子/1983年生まれ 津幡町出身 子ども2人/金沢信用金庫 経営管理部副調査役 人事グループ

今年、創立110周年となる金沢信用金庫。信用金庫は、数ある金融機関の中でも、特に地域経済の発展に密接に関わっています。その土地に根差した働き方ができるので、地元に貢献したい人材が集まるのも特徴。そんなかけがえのない人材のひとり、石川生まれ石川育ちの出村さんに今回はお話を伺ってきました。

母の助言を得て大学進学を決める

生粋の石川人とお聞きしました。

津幡で3人兄弟の末っ子として生まれました。上には兄と姉がいます。中学生のころは、高校を卒業したらすぐに働きたいと思っていたんです。だから当時は就職に強い高校に進むことを希望していました。でも母に「兄も姉も大学に行っていて、あなただけ行かなかったら、後で後悔するかもしれないよ。人生の選択肢を広げておいた方がいいんじゃない」と言われまして。確かにそれもそうだなと思い、金沢市内の高校から金沢大学経済学部に進学しました。

お母さん、さすが人生の先輩ですね。助言を元に進んだ大学での生活はいかがでしたか?

勉強面に関しては、環境経済論を学んでいました。環境問題を経済的観点からどう考察するかというもので、飢餓や貧困、地球温暖化、里山などの研究が含まれます。結果的にとても面白かったんですけど、当初は地方財政論の方に興味があって、そっちに行く予定だったんですよね(笑)。いろんな事情で、急遽研究室の変更を余儀なくされまして。でも後になってみると、役に立つことがあったりするので、何事も決して無駄ではないんだなと(笑)。

あと、バイトをずっとしていました。クラスでは目立つタイプではないのですが、人と話すのは昔から好きでした。なので、選んだのは飲食店です。お客さまと話をするのは楽しいし、店長やバイト仲間もいい人たちばっかりで、1年生で働き始めてから卒業まで4年間続けました。基本的に一度始めたら、ずっと続けるタイプかもしれません。

人とのコミュニケーションを通して誰かの役に立ちたい

継続する力って非常に貴重な才能だと思います。さて、バイトもこなしつつの就職活動。どのような視点で企業選びをしたんですか?

5歳年上の姉が就職氷河期で大変な思いをしているのを聞いていたので、就職活動にはかなり気合を入れてのぞみました。私の卒業時も決して甘い状況ではなかったので。

就職活動するにあたっては、業界よりも職種を重視しました。緻密で事務的な作業よりも、コミュニケーションを通して誰かの役に立てる仕事の方が自分に向いていると思ったんです。業種は絞らずに営業職に就ける職場を求めて、住宅メーカー、小売り、商社などを中心に回りました。

たくさんの企業を回る中で、最終的に金沢信用金庫を選ぶ決め手となったものはなんでしょう?

就職活動中は、「業界はどこでもいいからバリバリ働きたい、休みが土日じゃなくても構わない」と考えていました。そんな私に対して母が「今はいいかもしれないけど、結婚出産したときに土日家族で過ごせるのはありがたいよ」とアドバイスをくれたんです。大学進学時に続いて、再び母からの的確なアドバイスです(笑)。確かに信用金庫なら土日休みがもらえます。長く働きたいなら、そういう視点は大事かもと思いました。

さらに、信用金庫に企業訪問をした際、マタニティ制服を着た社員さんが仕事をしているのを見かけたんです。妊娠している女性が当たり前のように働いているということ。女性が働き続けることを前提としている組織だということが見えたのも決め手のひとつとなりました。今でこそ社会全体の整備が進んで、働き続けながら妊娠・出産することが普通になりつつありますが、当時はまだまだでしたから。

思い描いたものと違っても、長い目でとらえること

お母さんのアドバイスもあり、いよいよ信用金庫に就職。最初はどのような仕事を任されていたんですか?

通常、新入社員は営業店に配属されるんですが、私の場合は、本部の債権管理部という融資に関わる部署に所属することになりました。私は営業を通して人とコミュニケーションを取る仕事をしたくてここに入ったのに、一日中会社の中で数字の管理です。あれ?思っていたものと違うぞっていう感じですよ(笑)。

戸惑っている私を見かねた当時の人事の方が、相談に乗ってくれました。「思い描いていたものとは違うかもしれないけれど、金庫として君を育てていきたいと思っての配属。いずれ営業店に出る機会は必ずあるから、今は今としてがんばれ」と言われまして。その言葉がとても腑に落ちて、目の前の仕事に取り組めるようになりました。

なるほど。社会人になって最初の壁でしたね。その後は支店勤務も経験されたんですよね?

債権管理部に3年いて、森本支店、浅野川支店と数年ずつ経験しました。その後、本部の営業推進部を経て、粟崎支店。そして今の経営管理部人事グループです。

経営管理部人事グループによる新入社員向け接遇マナーグループワーク

これまでに2人の子どもを出産したので、育休も2回取りました。

合コンで未来の夫と出会う

2人のお子さんをお持ちなんですね。ちょっとプライベートな話に移ってもいいですか?ちなみに出会いは職場ですか?

違います。合コンです(笑)。

書いても大丈夫ですか!?(笑)

大丈夫です。公表してるので(笑)。

地元津幡の友人が幹事としてセッティングしてくれた合コンでした。幹事同士は就職活動を通して知り合って仲良くなって連絡先を交換したらしいので、どこでどんな縁がつながっていくのか分からないものです(笑)。

合コンって、単なる男女の出会いの場に聞こえるかもしれないですけど、私にとって半分は異業種交流会的な位置づけでもありました。いろんな職場のいろんな話が聞きたくて(笑)。名前は知っている会社でも、社員からのリアルな声ってなかなか聞けないから面白いんです。

いろんな人と会って、話しをしたい、というのは、今の仕事である金融を選んだときの理由と一緒かもしれないです。

たくさんの手によって子どもを育ててもらう

将来のパートナーと出会って、お付き合いをして、さあ結婚!となったときに、仕事面への不安などはありませんでしたか?

結婚をする前に、結婚後の生活について、彼ときちんと話し合いました。「私は今後もずっと仕事を続けていきたい」と自分の意思を伝えたところ、彼も私が働き続けることを希望していて、その上で「家事や育児にはできる限り関わる」と言ってくれました。

実際、夫は家事も育児も得意な人なので、2人で協力して家のことを回せています。夫は平日定時に退社して、18時過ぎには帰宅するので、家族みんなで時間を過ごせています。子どもの世話も率先してやってくれています。パートナーとして申し分ないですね。

あと、家を建てるときも、働き続けることを踏まえて、どこに建てたら一番いいだろうと夫婦で話し合いました。相談した結果、私の実家近くに家を建てたのですが、頼れる親が近くに住んでいるというのも非常に助かっています。特に子どもが熱を出したときなどは、両親のサポートなしでは成り立ちません。夫の実家は能美市でこちらも遠くないので、夫の両親にも何度も助けてもらっています。

育児はみんなで協力しながら。河北潟にある、「ひまわりの迷路」にて

たくさん人の手で育児ができるっていいですよね。

子どもを育てるときに、たくさんの手があるのは本当に助かります。

日常的な子育てとは少し違いますが、金沢信用金庫が100%出資している「一般財団法人きんしん環境財団」という組織があります。財団では「きんしんの森づくり」というボランティア活動を主催しています。

20代のころはこのようなボランティア活動に対して、正直「めんどくさい」という気持ちが先行していました。しかし子育てしている今は、親子で参加できることもあり、親が勤めている会社と子どもとの接点が持てる最高の機会だと感じています。子どもにとって、家庭でも保育園でもない第3の場所で、親以外の大人と接して社会を学べる機会は貴重だなと。

「きんしんの森づくり」に親子でボランティア参加しています

子どもは新入社員の優しいお姉さんに遊んでもらえるのが楽しいようで、終わるたびに「次はいつ行ける!?」と聞いてきます。

森づくり以外のボランティアにも、クリーン・ビーチいしかわや地域のお祭り等に、組織として参加していますが、職場である金庫と家庭とがつながることで、私自身が大いに助けられています。

企業の家庭支援のあり方としても興味深いですね。金庫の話も少し出てきたところで、現在所属している経営管理部人事グループの仕事内容を教えてください。

経営管理部人事グループでは、社員の給与、労務、教育、研修等を管轄していて、私は主に教育関係のとりまとめをしています。金融業界にはいろいろな資格がありまして、社員がそれらを取得するための申込管理などを行っています。また、業務の研修や接遇の講師なども業務のひとつです。

渉外研修の様子です

採用にも関わっていますが、近年売り手市場が続いているせいか、ガツガツした学生が少なくなっているのが気になりますね。今はこんなにチャンスがあるんだから貪欲に行かなくちゃもったいないのに(笑)。

「自分は何もできない」と、辞めたい病に襲われたとき

確かに(笑)!今の若い世代は恵まれていますもんね。出村さんは途中育休を取りながらも勤続14年目で、右肩上がりに活躍されているように思えるのですが、スランプや辞めたいと思ったことはないですか?

ありますよ(笑)。働き始めて7~8年目のときに、辞めたい病に襲われました。

私は決して器用な方ではないのですが、小学校から学生時代までは、求められることを自分なりにこなせているという自信がありました。大学時代は楽しいことが多いですし、入社して数年は、新たな環境で新たなことを学ぶのに必死です。学ぶことによって、成長している実感もあります。

ところが、入社して7~8年経って慣れてきたころ、次第に停滞感を感じるようになり、「実は自分は何もできていないんじゃないか」という思いに襲われてしまったんですね。周りを見ると同期はいきいきと仕事をしています。優秀な若手も入ってきます。「それに比べて私は何もできない」と、停滞感から自己嫌悪に陥り、気がつけば「辞めたい」と思うようになってしまいました。

周りと比較して落ち込んでしまう気持ち、分かります。出村さんはその負の感情にどう対処したんでしょうか?

「つらい」「辞めたい」と思う一方で、「辞めてどうする」と自問自答する自分がいました。

私が「辞めたい」と思った理由は、職場の人間関係でも制度の問題でもありません。むしろ、働きやすくて恵まれている環境なのに、単に「自分は何もできない」という理由だけで、つらくて辞めようとしているわけです。それってただの逃げなんじゃないかと。そして、もしもここで逃げてしまったら、一生逃げグセがつくぞと。

もちろん、逃げた方がいい、逃げなくてはいけない、という状況もあります。でもこの場合は、踏ん張ることでしか前に進めないと思いました。同期の仲間にも励ましてもらって、「もう一度がんばろう」という気持ちになり、仕切り直すことができました。

周囲からの善意は遠慮なく受け入れて、その恩を下の世代に

今後ますます責任ある仕事が増えてくると思いますが、今後のキャリアについてはどう考えていますか?

社会全体で女性の活躍が期待されている中、金庫内でも同様にその機運を感じています。

現在、金庫には29支店と3出張所がありますが、そのうちの2支店と3出張所では、それぞれ女性がトップとして活躍しています。定年まで働く女性の先輩もたくさんいます。目指すべき姿がたくさん用意されているので、不安になることもありません。

ただ、具体的に「○○さんを目標にしたい!」と考えてもどこかで無理が出てくるので、働き方についてはこの人を目標に、両立はこの人を目標に、生き方の姿勢はこの人を目標にと、いろいろな人を見ながら、取り入れられそうな部分を取り入れていきたいと思っています。

なるほど。私も参考にします。最後に若い女性たちへのメッセージをお願いします。

私がこうして今までやってくることができたのは、周りのサポートのおかげです。さまざまな場面でたくさん助けていただきました。

若い方たちも、仕事を続けていく中で誰かに助けてもらう場面というのは必ず出てきます。そのときは遠慮なく受け入れてください。ただし、当たり前だと思わずに「ありがとう」という感謝の気持ちをどうか忘れないでください。そしていつか誰かを助けてあげてください。それによって受けた恩を送ることができます。結果として世の中は温かく回っていくのではないかと感じています。

私も子育ての一番大変な時期を乗り越えたので、そろそろ「応援される側」から「応援する側」に回る番です。頑張ります(笑)。

1日のスケジュール

4:30 起床/家事・自分の時間・支度等
6:30 家族を起こす
朝食や身支度
7:15 保育園に送り会社へ
8:20 出社
16:30 実母が保育園にお迎え
子どもたちに夕食を食べさせてくれる
18:00 退社
19:00 帰宅/夕食(大人)・入浴等
21:30 子どもと一緒に就寝

My History

22歳 金沢大学経済学部卒業
22歳 金沢信用金庫 入社
FP等金融資格の勉強に励む
27歳 結婚
30歳 第1子出産
32歳 第2子出産
35歳 現在

2019年1月取材
インタビュアー 長谷川由香(子育て向上委員会)