vol.16 林 友美恵(株式会社デザインスタジオエス)

林 友美恵/1983年生まれ 金沢市出身/株式会社デザインスタジオエス 代表取締役

3年前に空間コーディネートの会社を立ち上げた林友美恵さん。やりたいことが特になかった中学~大学時代を経て、就職や転職を重ねながらたどりついた起業という形。どんな試行錯誤を経て、自分の得意を見つけることができたのか、お話を伺ってきました。

なにも興味がなかった中学高校時代

般民家をアレンジした事務所なんですね。素敵です。

賃貸ではなく、かなり安い価格で購入できた物件なんです。他の方とシェアしながら事務所として使っています。引っ越してくるときに内装は自分でD I Yをしました。

もともとそういうことが得意だったんですか?ぜひ学生時代のことを教えてください。

学生のころはなにも興味がありませんでした(笑)。あえて言うならシンクロナイズドスイミングをしていたことでしょうか。この呼び名はもう古くて、今はアーティスティックスイミングと呼ばれています。小学生時代にスイミング教室に通っていて、教室の先生から「シンクロやってみない?」と誘われたのがきっかけです。特に意思のない子どもだったので、誘われるがままシンクロを始めました。

習い事でシンクロをやっていたという方に初めてお会いしました。

確かに珍しいかもしれませんね。でも、私はリズム感がなくて怒られてばかりで、先生から「ジャズダンス教室に通いなさい」と言われたんです。ジャズダンス教室行きを命じられたメンバーはシンクロの仲良しメンバーだったので、これもこれで自然に通うことができました。結局、シンクロは小学3年から中学2年まで、ジャズダンスは小学校高学年から高校まで続けました。

ダンスのステージ写真。中央が私です。

なにも興味がなかったとおっしゃる割にはすごいですよ(笑)

いや、学校の思い出があまりないんですよ。中学時代は活動がほとんどないボランティア部のようなところに所属していましたし、高校では茶道部に入ったものの、ろくに顔も出していないですし。高校時代は生徒会にも所属していたのですが、これも集まってしゃべっていただけ。他の人たちが頑張ってくれていました(笑)。

教育学部に進むも、教員になる自分に違和感を覚える

ある意味自由な中高生です(笑)

本当に何も考えていなかったんです(笑)。大学受験に向けた勉強は、高校3年になってようやく取り掛かりました。でもエンジンがかかるのが遅すぎて、その年の受験は敗退。親に浪人させてほしいと頼み込んで、予備校に通いました。そこで初めて勉強の仕方を学びましたね。「あ、勉強ってこんな風にやるんだ」と。

そういう気づきって大事ですよね。翌年の受験はいかがでしたか?

富山大学に受かりました。教育学部の心理学専攻です。授業はすべて教員になるためのカリキュラムで組まれています。私も「卒業後は教員になるんだろう」と思いながら学生時代を過ごしました。ところが4年生になり、教育実習を済ませ、採用試験を受けようという段階で、ふと違和感を覚えたんですね。実社会を知らないまま、先生になるという現実。子どもたちに何を伝えられるんだろうと考えたときに、怖くなりました。表面的な教師っぽいことは言えるだろうけど、それってすごく嘘くさいなと。

先輩たちを見ていても「この先輩は絶対いい先生になる」と思った人が落ちて、「え、この人が?」という人が受かったりして。採用をする大人たちの、人を見る目にも疑問を感じました。最終的に「教員採用試験は受けたくない」という結論に至りました。

教員の道には進まないことにしたんですね。

はい。普通に就職活動しようと、一般企業を探し始めました。経済学部の友人は、自己分析したり会社のリサーチを重ねたりして、すでに積極的に就活を進めています。一方の私の出遅れ感といったら相当なものです。どこから手を付けていいのか分かりません。結局は、机に座っての事務仕事は向いてなさそうだし、接客に興味があったことで、知名度とノリでドラッグストアに就職を決めました。

ドラッグストアで実践を通してマネジメントを学ぶ

ドラッグストアではどのような仕事を担当したんですか?

私の入社は会社の拡大期と重なっていました。なので入社1年目から本社で働けるチャンスが回ってきました。配属されたのは、販売促進課という花形部署です。新卒ながら、マーケティング業務に触れることができました。ただ何かあるたび、お店で勤務しているスタッフから「現場を知らないのに何言ってんの?」と言われることが本当に悔しくて。自分から希望を出して、店舗に異動させてもらうことにしました。

花形部署から自ら異動とはなかなかできない決断です。店舗での仕事はいかがでしたか?

楽しかったです。現場の利点は、1対1でお客さんと接することができるところ。投げかけたものが返ってくる感触がありました。経営的な部分に触れることができたのも面白かったです。店舗の指標を整えて戦略的に進めていかないとお客さんに届かないということも実践を通して学びました。日々の仕事の中で経営ノウハウを教えてもらったような気がします。

そのころ社内では「女性役職者を増やそう」という機運が高まっていて、私は入社4年目で店長になりました。

「店長やります」と自分から手を挙げたんですか?

はい。店長を希望する女性が少なく、自ら手を挙げないと候補に入れてもらえない時代だったので、上司に「店長をやりたいです」と伝えて実現しました。お店では自由にやらせてもらいました。店内レイアウト変更の許可をもらって商品の配置場所を変えたり、ポップを工夫したり。たくさんの試行錯誤をしました。仮説を立て、実験して、検証するのが楽しいんです。本部からは売り込みたい商品が「推奨品」として送られてきます。よい商品をどうやってお客さんに知ってもらって買ってもらえるか、チーム一丸で考えるのも醍醐味でした。

店長として人をまとめることの難しさなどはありませんでしたか?

人をまとめていく上で、パートさんであれアルバイトさんであれ、仕事に面白さを感じてほしいというのが願いでした。誰もが社員並みの判断をできるようになって欲しかったので、できる限り社員がやるような仕事もバイトさんにお願いしたりしていました。できるスタッフは本当にできるんですよ。主体的に関わってもらえるよう、全員で店舗成績や営業戦略の話をシェアしていました。

主体的に動く人が多いと、職場の雰囲気がよくなりますよね。

私が店長をやっているときに、お店に車が突っ込んでくるという事故があったんです。お店の前は騒然。私は真っ先に外に出て、負傷した人などがいないか確認していました。自分もこんな経験は初めてなので慌てましたが、外の確認を終えて店内に戻ると、バイトスタッフが店内に非常線を張って、お客さんを適切に誘導してくれていたんです。感動しました。思わぬ事故でしたが、一人ひとりの可能性を実感した出来事でした。

ドラッグストア勤務時代、朝活でマネジメントのノウハウについて話したりしました。

新しい挑戦を求め、会社を辞めて試行錯誤の日々

店舗での仕事から学ぶことは多いですね。

本当にたくさんのことを学びました。一方で、体力的にきついのが悩みでした。年齢が上がるにつれ、体力は落ちていきます。若い世代もどんどん入社してきます。社内で活躍している先輩の姿が励みでしたが、あるとき先輩の引き出しの中に薬の山を見つけました。さまざまな薬を飲みながら仕事をしている先輩の姿を知って、自分の10年後を見たような気持ちになりました。自分はこのままでいいのかなと。

今までを振り返ってみると、強い意志もなく言われたことだけをやってきた人生です。自らチャレンジした経験が一度もありません。周りにも相談してみましたが、チャレンジしたことがない人ほど、チャレンジに否定的です。私のなりたい姿を想像したときに、「一度きりの人生をレールの上で終わらせたくない」と強く感じ、ドラッグストアを退職することにしました。

人生が動き出しますね。

今まで挑戦したことがなかったから、思うままになんでもやってみようと決めました。投資の勉強を始めたり、高額のセミナーに行ってみたりと、無駄も多かったです(笑)。私を含め女性3人でプロジェクトの企画などもしました。北陸新幹線開業前、それまで古いイメージだった石川の伝統工芸を女性3人で発信していこうという企画です。SNSで発信し、注目を浴びたらECサイトを作ろうと目論んでいました。実際は3人の方向性がまとまらず、半年くらいで終わってしまいましたが(笑)。次に考えたのが和菓子屋さん開業です。かわいい和菓子を作ったら流行るんじゃないかと思って。でも、すぐにあんこが好きじゃないことに気づき、「好きじゃないものに毎日向き合うなんて無理!」とこんな初歩的なことすら気づかなかったことに恥ずかしくなりました(笑)。

いろいろな試行錯誤がたくましいです。

あちこち手をつけてみたんですがパッとせず、再度就職活動をすることにしました。求人斡旋の会社から言われたのは「30歳を過ぎているのだから妥協してください」という言葉です。他人の評価で人生を左右されたくないと一度起業を目指したのに、また同じ世界に行こうとしている自分に気づき、求人斡旋の会社での転職活動はすぐにやめました。その後、縁あってベンチャー企業での採用が決まりました。歴史ある企業よりもベンチャーの方が面白いことを学べそうという直感でした。

ベンチャー企業ではどのような仕事を担当したんですか?

もともとは経理担当として入社しました。でも創業間もないベンチャーだったので、いろいろな仕事を任されることになりました。その中で特にみんなに喜んでもらえたのがデザイン系の仕事です。イラストレーターのソフトを独学で学びました。次第にデザインの仕事が評価されるようになり、経理ではなくデザインの仕事が主軸となりました。実は、私の父親も店舗内装を手掛けるデザイン系の仕事をしていたので、その影響もあるのかもしれません。過去を振り返ってみたら、ドラッグストアに勤めていたときもチラシやポップを考えたり、売り場作りを考えたり、そういう仕事が大好きでした。

ベンチャー企業で働いて、デザインが楽しくなってきたころ

自分の「好き」にようやく気づき、起業へ

「自分はデザインが好き」ということに気づいたんですね。

はい。デザインの仕事はとても楽しかったです。でも、実はこのころが人生で一番模索して悩んだ時期でした。周囲の知人たちが起業していく中、自分は動きだせず、不甲斐ない思いだけが募っていました。元気に仕事をしているように見せつつ、この先どうやって生きていこうという状態。染みついていた古い価値観を捨てたいのに捨てられないという葛藤です。

悩みに悩んだ結果、「起業するための準備で満足いくタイミングなんてない!飛び出すのが先!」と心に決めて退職しました。34歳のときです。

勇気ある決断だと思います。

ありがとうございます。デザイン関係で何かをしようという気持ちだけで事業を始めることにしました。とにかく先に会社を作って、具体的な業務はやりながら考えようと(笑)。頭だけで考えていても分からないですから。

200万円を借り入れて会社を作り、グラフィックデザインとインテリアコーディネートの仕事を中心に受け始めました。会社を興して痛感したのが、つながりの大切さです。困ったときに素直に「助けてください」と言うことの重要性を学びました。一度資金がショートしそうになったことがあります。「なんでもやるので仕事をください」と助けを求め、知り合いのつてから仕事を回してもらったことは絶対に忘れられません。

会社登記の記念として

実際に起業してみて分かることってたくさんありますよね。

たくさんありすぎますね(笑)。起業する前は、経営者には、たぐいまれな能力やビジネスセンスが必要だと思っていました。でも実際にいろいろな経営者の方にお会いしてみると、性格も仕事への姿勢もさまざまで、一人ひとり全然違うんですよね。正解などなくて自分らしくいていいんだと嬉しくなりました。何より人生が豊かになったと感じています。今までずっと幸せを追い求めていましたが、起業して3年経過して、自分でハンドルを握って生きている実感があります。

一点、女性の起業相談に乗ると感じるのですが、女性は悩む時間や準備にかける時間が長い気がします。そうやって悩んでいるうちに、男性はどんどん始めてしまっているので、もったいないなと。

学生向け起業イベントでの講演

今は具体的にどういうお仕事をされているんですか?

空間コーディネートという仕事で、オフィスや住まいなどの空間を総合的にデザインしています。人って置かれる環境によって大きく変化するんですよ。例えば、名刺に役職がつくだけで、それらしい言動をし始めます。インテリアや壁紙や光など、目指したい空間を作りあげることで、その空間で過ごす人が自然に変わっていくんです。

統計によると、日本人は自己肯定感が低く、幸せを感じられない人が多いそうです。でも、もしかしたら家具ひとつで変わるかもしれない。私がお手伝いさせてもらった変身プロジェクトに自己肯定感の低い青年がいました。インテリアを変え、服装を変え、環境を大きく変化させたことで、「自分に自信が持てた。これからはやりたいことをやっていこうと思う」という力強い感想をもらうことができました。

仕事は知り合い経由だったり、Facebookを見てくれた方からだったり、SNSも広く駆使しています。縁あって一緒に仕事させてもらった方が変わっていく姿を見るのが何より嬉しいです。

目標に縛られず、目の前の仕事と縁を大切にしたい

仕事をしていて特に大変だったことは何でしょうか?

あまり大変って感じたことないです(笑)。むしろ「これは大変だ」というときは、チャンスなんじゃないかと。大変な方向に自ら向かっていくのが好きなのかもしれません。ドラッグストアで働いていたときも、うまくいかなったことをいかにシステム化するか、いかにみんなに分かりやすく明確化するかということに頭を使いました。改善を重ねることで、業務が回りやすくなり、人の余裕ができて、売り上げが伸びるという経験もしたので、「大変」は好物です(笑)。

かっこいいです!今後のキャリアプランについてはどのようにお考えですか?

戦略とか目標は得意じゃありません。「〇年後にこんなふうになりたい」というような目標はあえて持たないようにしています。こうしようと決めた時点で、そこに縛られてしまうのが嫌なんです。いただく仕事やチャンスを大事にしていると、自分が思った以上のところに行けると思っているので、ただただ縁を大事にしていきたいです。

これから先の人生の中で、「あ、こんな道もある」と思ったときにそっちに行けるように、選択肢や余白を大切にしていけたらいいなと。空間コーディネーターをしている先輩で、60歳の方がいるのですが「毎日面白かったらそれでいい」という考え方で、それってすごくいいなぁと思っています。

なるほど。今を生きるということですね。ところでプライベートはどんなふうに過ごしていますか?

見たことないものを見たり、行ったことない場所に行ったりするのが好きです。起業してすぐ、ヨーロッパへ2週間一人旅に行き、フィンランド、スウェーデン、ドイツ、オーストリア、フランスを訪れました。いろんな国を見て回れたことで、デザインは文化や民族に大きく影響を受けているということを肌で感じました。

例えば、北欧は白人ばかりなので、その民族に合うものが取り揃えられ、どこにいっても統一された雰囲気がありました。一方で、ドイツやフランスは移民が多いので、移民文化がミックスされてデザインができあがっている。その地域の国民性がデザインに反映されているのが分かり、非常に楽しい時間でした。

一人旅で訪れたパリにて

人生の岐路に立ったときは、お手本にしたい人に意見を求めること

それは仕事にも活かせそうですね。

日本も風土に合ったもので、色やサイズや形ができあがっています。なので空間コーディネートをするときには、海外のやり方をそのまま持ってきてもしっくりこないんですよね。空間がそこで過ごす人の背景になっているか、引き立たせる作りになっているか、ここをしっかり考えないといけません。

これからもいろいろなところを見て回りたいです。未開拓の場所が好きなので、アジアも面白そうだなと考えています。

ますます飛躍しそうで楽しみです!最後に若い世代へのメッセージをお願いします。

私自身、今やっと自分の人生を歩き始めました。何事もやってみないと分からないですし、人生は準備ばかりしていてもしょうがないと感じています。そして仕事や転職、起業などの相談するときには、自分が手本にしたい人の話を聞いてください。安易に周囲に相談しても、チャレンジしたことのない人からのアドバイスはあまり役に立ちませんから(笑)。聞く相手を間違えないことは大切です。

今はSNSやYoutubeなど自分自身をアピールできる環境があります。本気になれば夢が実現しやすい社会になりました。自由にやれる人はどんどん自由にやっているので、正しいか正しくないかで自分を縛ったりせず、誰もが豊かな人生を描いていってほしいと思います。

■一日のスケジュール

9:00 起床、掃除
10:30 家を出る
11:00 オフィス到着、作業
17:00 帰宅、ご飯の準備
18:00 隙間にまた作業
19:00 夕食
20:00 地域のボランティア活動
23:00 寝る準備
24:00 就寝

※ほとんど毎日スケジュールは違います。

My History

22歳 富山大学教育学部卒業
23歳 ドラッグストア就職(本社販売促進課・店長・本社営業)
29歳 ドラッグストア退社
30歳 ベンチャー企業就職
34歳 ベンチャー企業退社、デザイン会社設立
38歳 現在

2021年5月取材
インタビュアー 長谷川由香(子育て向上委員会)