大矢場和恵(佃食品株式会社)

大矢場和恵/1975年生まれ 金沢市出身 子ども2人/佃食品株式会社 品質管理部部長

今からさかのぼること400年前。江戸時代に江戸の佃島で、漁民の生活の知恵から佃煮は生まれました。漁民の保存食だった佃煮は、次第に江戸庶民に普及し、さらに参勤交代で全国に広まっていったそうです。加賀藩では、地元の特産品を使ったくるみ煮、ごり佃煮、2つの独自の味が生まれ、金沢の食文化が花開きました。

そんな歴史を持つ佃煮。今回は、佃煮の製造販売をおこなっている佃食品株式会社で、品質管理部長として活躍する大矢場和恵さんにお話を伺いました。

食べることが大好きな高校生が選んだ進路

どんな学生時代を送っていたのですか?

まず、食べることがすごく好きな高校生でした(笑)。食べることそのものも大好きなのですが、食に対して人一倍の好奇心があったんでしょうね。高校3年生になり、卒業後の進路を決めなくてはならなくなったとき、石川県立農業短期大学(現石川県立大学)に食品科学科が新設されることを知り、「あ、これは自分にぴったりの場所かも!」と、進学することに決めたんです。

短大では、食品科学科というだけあって、ひたすら食品のことを学びました。栄養学、食品衛生学など、「食品中にどんな栄養がどれだけあるか」や「ばい菌を減らすにはどうしたらいいか」など、自分の興味のある食の分野を思い切り学べた2年間でした。

食について専門的に学んだ後は、やはりそれを活かせる仕事探しですね。ただ、当時は就職氷河期真っ只中だったと思うのですが。

確かに就職が厳しい時代でしたね。でも学んだ分野が「食」に限定されていたおかげで、同級生たちはみな短大の紹介を通して、福光屋さん、スギヨさん、ホクチンさん、北陸製菓さんなど、石川県内や金沢市内の食品関連企業に就職していきました。

私も、短大の先生から「佃食品という会社があるよ」と紹介されて、就職試験を受けたんです。実を言うと、ここ1社しか受けていないんですよ。あのころの厳しい時代を思えば、とてもラッキーでしたし、同時に運命みたいなものですね。

そのときに紹介した先生も、まさか今の姿は予想できなかったでしょう。入社してからはどのような業務を任されていたのですか?

新卒で配属されたのは、社長室と企画室が一緒になったようなところです。私の入社と同時に作られた部署で、何もないところからのスタートでした。

仕事内容としては、社長の秘書的な業務をメインに置きつつ、新商品の開発をしたり、手洗い方法のポスターを作って衛生管理の啓発をしたり、検査をしたり、プライスカードを作ったり(笑)。まさしく「なんでも屋さん」でしたね。

品質管理というやりがいのある仕事を任されて

「なんでも屋さん」でスタートして、今は品質管理部長ですね。

「なんでも屋さん」でスタートして以降、品質管理には一番長く携わってきたので、その経験を買ってもらえたのかもしれません。

品質管理部として今一番力を入れているのは、FSSC22000国際基準の衛生管理です。「手洗いはこうしましょう」「食品はこう取り扱いましょう」「薬品の管理はこうしましょう」など、これまでなんとなく決められていたことを、すべて明確に文書化するというものです。昨年の8月から取り組んでいるのですが、来月第一段階審査があるので、最近はこの業務にかかりきりですね。

FSSC22000の審査が無事に通ると、商品を海外に輸出する際の品質保証になったり、工場の衛生管理の証明になったりするので、気を引き締めて取り組んでいます。

FSSC22000の審査に向けて、全社をあげて準備を進めています

膨大な書類量が想像できて、ちょっとクラッとします。同時にやりがいがありそうなお仕事ですね。

品質管理って、商品表示の問題もあったりするので、法律が変わるたびにそれに合わせて対応しなければならないんですよ。ですので、終わりがないと言えば、終わりがないですね(笑)。やりがいのある仕事です。

でも品質管理にとどまらず、新商品開発やPR業務などにも携わらせてもらっています。

例えば、「佃煮道場」という体験教室があります。この夏開催された「かなざわ・まち博」の中で、「佃煮を小さい鍋で一緒に作ってみましょう」という親子のイベントを開いて非常に好評でした。

そのほかにも、小学生のお仕事体験として、5~6年生を工場で受け入れたりしています。実際に佃煮を作って、パック詰めしてもらって。子どもたちの真剣な姿を見ているとうれしくなりますね。

佃煮道場での子どもたちの真剣な様子

佃煮をもっとたくさんの人に知ってもらいたい

誰かが喜んでいる姿を見ると、仕事をしていく上でのモチベーションになりますよね。

そうなんです。「佃煮道場」で子どもたちが喜んで食べているところを見ると、本当にうれしくって(笑)。いまどきの若いお母さんたちって佃煮を食べたことのない人が多いんですよ。だから当然子どもたちも佃煮を知らない。「初めて食べた!おいしかった!」って言われると、うれしい反面、もっと佃煮について知ってもらう努力をしなくちゃいけないなぁって痛感します。

実は、新入社員に聞くと、「佃煮を食べたことがなかった」って人が結構いるんです(笑)。「おいおい」って感じですよ(笑)。

佃煮にはいろんな種類があります。ぜひ知ってください!

確かに若い世代は食べたことのない人が多いかもしれませんね。ところで今会社にはどれくらいのスタッフがいらっしゃるんですか?

本社、工場、店舗を合わせて約130名です。男性20名に対して、約110名が女性という、女性の多い職場ですね。女性で部長職になったのは私が初めてですが、私より先に課長、係長職に就いていた女性の先輩も2名います。

部長職の打診を受けたときには、どう思われました?

最初は「え?」と思いましたよ。それまであまり考えたこともなかったので。

でも、「女性が活躍できるような社会にしよう」という時代の機運が高まっていたのは知っていますし、それに伴って社内でも「変わるべきところは変えていこう」という雰囲気があったので、自分が役に立てるのであれば、とがんばってみることにしました。

初めての出産、子育て、周りのサポート

現在まで仕事を続けてくる中で、大変なこともあったと思うのですが。

一番大変だったのは、やはり子育てと仕事との両立です。

まず、そのころに出産・育児休暇を取って、再び会社に復帰する女性はほとんどいませんでした。逆に言えば、会社として経験の少ない事例だったので、どう扱ってよいか戸惑う部分もあったと思います。

今はきちんと制度化され、社内風土も整って、躊躇せずに取得できるようになっています。

育児休業を経て復帰。その後いかがでしたか?

産後は半年で復帰しました。子どもも生後半年から保育園で預かってもらうことができ、さらに夫の両親が近くに住んでいたので協力してもらえたんです。

とはいえ、長男を産んで最初の1年は辛かったことしか覚えていません。アレルギーの問題もあって、神経質に育ててしまったんですね。健康面で気を使ってばかりいました。熱性けいれんを起こして、救急車を呼んだこともあります。

仕事との兼ね合いもあり、朝は早い、夜は遅くなる。自分の時間はない。出産後の最初の1年はあっという間に過ぎた気がします。毎日生きていくことに必死でした。

夫婦で協力して乗り越えたって感じですか?

夫は、仕事自体は定時に終わるので、午後6時には家に帰ってきます。ただ、消防分団に所属しているため、夜や土日に不在にすることも多かったですね。

彼は料理は得意ではないのですが、子どもの面倒は見るので、その点は頼りにしています。でも誰よりも頼りになるのが、義理の両親です。

孫の面倒を積極的に見てくれるおじいちゃんおばあちゃんが近くにお住まいなんですね?

もう頼りっぱなしです。子どものことに関して、本当によくしてもらっています。

例えば、保育園から熱が出たとの連絡が入りますよね。そうすると、義理の母が保育園まで迎えに行って、そのまま病院で診察を受けさせ、家に帰ってきて看病してくれる。そして私に対しては「あなたは心配せずに仕事をがんばって」と言ってくれる。義理の両親のサポートがなかったら、ここまでやってこられなかったと思います。本当に感謝しています。

完璧を目指すのはやめた

そんな素晴らしい義両親はなかなかいないですよ。でも、そんな風に言ってもらえるのは、大矢場さんの人徳もあると思います。

いえいえ、最初からそういう風にできたわけじゃありません。長男を産んで1年目は、「自分の子どもだから自分が全部やらなくちゃいけない」「完璧にやらなくちゃいけない」「仕事も誰にも迷惑をかけちゃいけない」という考えにとらわれ、それができない自分を責めてばかりいました。

「あれもできない」「これもできない」と毎日落ち込んで、落ちるところまで落ちた結果、「もう完璧を目指すのはやめよう」と、できない自分を認めて、周囲に助けを求めたんです。

そしたら、義理の両親が力になってくれました。「ひとりでがんばらなくていいんだよ」って言ってくれたんです。

素直に頼るって、もしかしたら最強のスキルかもしれませんね。ところで今の世の中は転職も当たり前になっていますが、新卒からひとつの企業で長く続けてこられた秘訣みたいなものはありますか?

仕事と家庭との両立に悩んだときに「もう会社を辞めてしまおうか」と思ったことが何度かありました。

でも、辞めなかったのは、会長(入社当時の社長)の存在が大きかったからです。

長い間そばで仕事をしてきて、会長の仕事に対する考え方、物事への取り組み方には、大きな影響を受けています。「地域をよくしたい」「子どもが安心して口にできるような安全な食品を作りたい」と常々話していて、自分の会社さえよければいいというものではなく、社会に貢献できて初めて企業としての価値があるということを、肌で学びました。

自分を人間的に成長させてくれる人が近くにいたので、今日まで続けることができたのかもしれません。

こうやって組織の中で一歩一歩前進する大矢場さんの姿は、これから続く女性たちにとってのロールモデルになりそうです。

実際に、下の世代がどんどん活躍してきているのでうれしい限りです。販売の分野では、高校を卒業して就職した女性が25~26歳で店長になったり、本社勤務でも若くして女性係長になる人が出てきていたり、責任あるポストを任されるようになってきています。

これから産休を取る人も増えると予想されますが、彼女たちが育児と家庭とを両立できるよう、先に経験した者として支えていきたいですね。

一人で抱え込まずに「お願いする勇気」を持とう

下のお子さんが小さいのでまだまだ大変だと思うのですが、プライベートのお時間はありますか?

身近なところでは、食べ歩きです(笑)。「どこどこの店がおいしい」などの話を聞くとフットワーク軽く食べに出かけます。あまり県外に行くことはできませんが、どこかに出かけるときには「あの場所に行ったら、あれを買おう」とか常に考えていますね。

子どもを持つ前は、美術館めぐりや書を観にいくことが大好きでした。子どもが生まれてからはそういう機会がまったくなかったのですが、今年の夏にひとつ大きな出来事がありました。石川県立美術館で開催されていた特別展「若冲(じゃくちゅう)と光瑤(こうよう)」を、7歳の長男が突然「観に行きたい」と言い出しまして、子どもを連れて初めて美術展に行ってきたんです。花鳥画の伊藤若冲と石崎光瑤の絵画展なのですが、親子で一緒に楽しむことができました。

なぜ長男が自発的にそんなことを言い出したのかは分からないのですが、今までは「子連れじゃムリ」と諦めていたものを、「子連れでもできる!」と思えるようになったのは、大きな自信につながりました。今年一番うれしかったことと言っても過言ではないです。

21世紀美術館は子連れに優しいスポットなので大好きです

子どもたちが成長して一緒に楽しめる趣味や時間が増えるのはいいですね。最後になりますが、若い女性たちへのメッセージをお願いします。

若い女性の方々には、「お願いする勇気」をぜひ持ってほしいです。子育ての話のところで申し上げた通り、私はずっと「全部自分でやらなくちゃいけない」「人を頼ったらいけない」と思い込んできました。「人様に迷惑をかけてはけない」という価値観で育ってきていると、周りにお願いをすることそのものに、多大な勇気を要するんです。

でも、その一歩を踏み出してみてください。頼れることは周囲に頼ったらいい。困ったときには「助けてほしい」と声を上げたらいい。どうか何でも一人で抱え込まないでください。

私もまだ子育て真っ最中ですので、自分自身にもよく言い聞かせたいと思います。

1日のスケジュール

5:30起床
6:00自分の支度
6:30朝食
7:00子どもを起こす・準備
7:35長男を集団登校集合場所まで送る(次男と一緒に)
7:45次男を義母に預ける(保育園へは義母が送り迎え)
7:50仕事へ
18:30帰社
19:30夕食準備
20:00夕食
20:30子どもたちとお風呂
21:00長男の宿題チェック
22:00子どもたちの寝かしつけ
23:00次の日の準備(長男の時間割り、次男の連絡帳記入など)
0:30就寝

My History

20歳石川県立農業短期大学食品科学科を卒業
20歳佃食品株式会社に入社
26歳1級惣菜管理士取得
31歳結婚
35歳第1子出産
40歳品質管理部長職に就任
41歳第2子出産

2018年9月取材
インタビュアー 長谷川由香(子育て向上委員会)