vol.15 酒井桃香(北欧カフェ apila ~アピラ~)

酒井桃香/1991年生まれ 金沢市出身/ 北欧カフェ apila ~アピラ~ 店長

金沢市公設花き地方卸売市場の中で、北欧カフェapila(アピラ)を営んでいる酒井さん。自分で貯めたお金でお店をオープンして7年。飲食店の起業に至るまでの背景、経営を通して学んだことなど、フィンランドの雑貨に囲まれた素敵なお店の中でお話を伺いました。

祖母の駄菓子屋さんのお手伝いが好きだった

とても素敵な空間ですね!こういうお店を始めようと思ったきっかけを教えてください。

私が小学生のころ、祖母が商店街で駄菓子屋さんを営んでいて、当時私たち家族はその2階で暮らしていました。学校から帰宅してランドセルを置いた後は、お店に出てお手伝いをするのが私の日課。祖母の接客を間近で見て、私も隣でお手伝いをしながら、「いつかおばあちゃんみたいに自分のお店をやってみたいなぁ」という気持ちが芽生えました。

さらに、小学生のころからお菓子作りが趣味でした。お菓子の作り方の本を見ながら、実際に作ってみるのが大好きで、「お店屋さんをするならお菓子や食べ物を売るお店がいいかも」と漠然と考えていました。おばあちゃんの駄菓子屋は商店街の中にあり、タバコ屋さんや個人でやっているドラッグストア、郵便局など、働く大人の姿が常に身近にあったことも影響したかもしれません。商店街はだんだんさびれてしまったけれど、自分の中の大切な場所として残っています。

生まれ育った商店街は私の原点です(姉と一緒に)

小学生時代に原体験があるんですね。お店屋さんになりたいというのは多くの子どもたちの夢ですが、その後どのような進路を選んで行ったのでしょうか?

大学進学を考えていなかったので、高校は金沢商業に進みました。商業高校のよいところは簿記などの専門知識を学べるという点にあります。高校在学中に全商簿記検定の1級を取得しました。これは日商簿記の3級程度に相当します。ここで経理の基本が分かるようになったので、後にとても役に立ちました。

また金商には他の高校にはない面白いシステムがあります。高校自体を会社に見立て、「金商株式会社」として、生徒は入学と同時に株を購入できるんです。運営は生徒が主体となっている「金商ライフサポート」。毎年10月には「金商デパート」が開催されます。商店街のお店の品を委託販売したり、企業とコラボをして金商グッズを制作・販売したり。売れた分はちゃんと配当金として生徒の元に還元されます。運動会も文化祭もない分、この「金商デパート」に生徒たちの情熱が注がれるんです。

金商デパート、聞いたことがあります!

各クラスに1人ずつ「金商デパート委員」という委員が選出されて、金商デパートの当日は全体を取り仕切るんです。私は1年生のときにこの委員となり、インフォメーションやタイムセールなどのアナウンスをしていました。販売という現場の裏側で、仕入れや商品開発、裏方サポートなどがこういう風に動くんだということを、身をもって学ぶことができた絶好の機会でした。昨年は新型コロナのため、例年のような開催はできていないと思いますが、毎年たくさんの方たちで賑わう楽しいイベントなので、ぜひ一度来てみてください。

金商生の熱意が集結する金商デパート

死に物狂いで頑張ったホテル勤務時代

聞くからに楽しそうなので必ず行きます!さて、商業のことを学んだ高校生活のあとは、いよいよ社会人ですね。

高校卒業後は金沢市内のシティホテルに入社しました。サービス業が希望だったことと、自分を鍛えてくれそうな職場だったことが理由です。配属になったのはホテル宴会部門です。宴会部門では、講演会や企業の食事会、同窓会、発表会、成人式などのさまざまな宴会、そして結婚式の当日の現場を受け持ちます。自分が担当する業務は多岐に渡っていて、会場のセッティングから調理場との連携、プログラムに合わせてマイクを動かしたり出演者のお世話をしたり、会の最中はまったく気を抜くことができません。たとえ入社1年目であっても失敗は許されませんから、すぐに一人前になる必要がありました。

それはなかなか緊張感のある現場です。

会場のお客様が300人規模の会ですと、50人のスタッフが当日動くことになります。そこを全部まとめなくてはいけない。例えるならば、オーケストラの指揮者のような感覚ですね。全体を見渡して、各パートがスムーズに動けるよう指示を伝える役割です。常に神経を張り巡らせていましたけど、特に市長や議員の方々、財界の方々をご案内するときには非常に緊張しましたね。気を遣うどころの騒ぎじゃありませんでした(笑)。

相当鍛えられたと思います。

そりゃもう鍛えられました(笑)。新幹線開業直前で、さまざまなことが大きく動き始めたころだったので非常に忙しく毎日を過ごしていました。

ただ、スタッフの仲がとてもよかったんです。厳しい環境の中で脱落していく人も多い中、残った者同士の結束は強いものがありました。上司や先輩にもかわいがってもらって、今でもレストランに遊びに行っています。自分の結婚式もこのホテルで挙げました。裏方の大変さが全部分かるので、逆に気を遣っちゃいましたけど(笑)。入社5年目には会社から要請されてウエディングプランナーになりました。プランナーは新郎新婦から希望を聞いて、計画を立てるまでが仕事です。私はプランする側ではなく現場が好きだったので、プランナーは1年だけやって辞める形になりましたが。実はプランナーになる前にすでに独立開業への気持ちが高まっていたので、1年だけ頑張るというつもりで取り組みました。頑張ってきた成果が報われて、その年には各ホテルから毎年ひとりだけ選ばれるアワードをいただき、表彰を受けました。思い残すことなく、お世話になった会社をあとにすることができました。

たくさんの方々の大切な瞬間に立ち会うことができました

自力で貯めた100万円で起業する

アワードを取る社員が退社するとなると、引き止められたりしませんでしたか?

会社にはいずれ独立したい気持ちを事前に話していたので、引き止められつつも応援してもらいました。開業した後にはホテル時代の友達が何人もお店に来てくれました。私の周りでは、ホテルを退社後、起業を選ぶ人が多いんですよ。私の先輩にも、金沢市内はもちろん、小松や津幡で自分のお店を開いている人がいます。かつての仲間が起業仲間として頑張っている姿は、かなり心強いです。

とはいえ、お店を起業するってなかなか勇気もお金もいることだと思います。

お店を始めることに関しては、おばあちゃんがお店をやっていたこと、会社の先輩たちが独立開業していたこと、昔からの自分の夢だったことなどの理由で、ハードルは低かったです。ここの物件は友達から紹介されて、すぐに契約したので、準備期間もほぼゼロでした。お金については、お店がテナントなので、敷金礼金と家具備品を揃えるための約100万円を用意したのみで、特に大きな額が必要だったわけでもありません。借り入れもしていません。この準備資金は、会社勤めの間に自分で貯めたお金から出しました。開業当初は細々とやっていたので、これで十分でした。

たくさんの方たちとつながれたのは、すべてSNSのおかげ

簡単に聞こえますけど、すごいことです!お店の告知などはどうやっておこなったんですか?

SNSがすべてです。多くの方に認知してもらえたのも他の起業家の方たちとつながることができたのもすべてSNSのおかげです。私は主にインスタとFacebookを利用しています。オープン直後、山野市長が公設花き市場に訪れた際、お店に立ち寄って食べていってくださって、それをFacebookにアップしてくれました。すると市長のフォロワーの方たちが「面白いお店があるぞ」と気づいてくれたんですね。その方たちがお店のアカウントをフォローしてくれて、私もフォローして。その後、実際に食べに来てくれて、またSNSにアップしてくれて。このようにして関係が広がり、その積み重ねで今日に至ります。

apila2周年イベント。区切りを迎えるときはいつも感慨深いです。

なんと!SNSの存在は大きいですね

SNSなしにお店は成り立たないと言っても過言ではないですね。営業や宣伝以外でもインスタは駆使しています。お店で出しているケーキは週替わりなんですけど、やっぱりできるだけかわいいケーキを提供したい。そんなときに役に立つのがインスタ。「映えるケーキトッピング」で検索すると、全国の「映えるケーキ」の画像をすぐに見つけることができます。「なるほど、こんなやり方があるのか」と知識を増やして、自分なりにアレンジしてお店に出したりしています。

なるほど。知識を得るための検索もインスタなんですね。

こういうお店とインスタは相性がいいと思います。ただ、イベントを立ち上げるときにはFacebookですね。インスタにはそういうサービスがありませんから。SNSをうまく使い分けしながら、情報を収集したり、発信したりしています。起業家同士でもつながりやすいので本当にありがたいです。

トラブルや不安をひとつずつ克服してきた日々

実際にお店の経営をしてきて、大変なことって何かありましたか?

一番困ったのが、問題のあるお客さんへの対処方法が分からなかったことです。興味のない本を持ってこられて「読め」と言われたり、CDを持ってきて「聴け」と言われたり。最初は笑顔で対応していましたが、借りてもいないCDを「返せ」と言われ、さらには「こんなに親切にしたのに泥棒か」とまで言われ、非常に困惑した経験があります。

それはお客さんではなく、ただのクレーマーです。

順番にオーダーを取っていても自分が優先じゃないと気が済まない方、店内禁煙なのにたばこを吸い始める方、困った方たちへの対応に精神が削られました。開業当時は、経験が少なく若かったこともあり、また一人でお店を回していることもあって、愚痴を聞いてもらえる相手がいませんでした。誰かから助言がほしくても、深い内容を相談できる相手がいない。対応方法の正解が分からず一人で悶々と悩む日々でした。ちょうどそのころ、初めてバイトさんを雇ったんです。そのバイトさんに救われましたね。同じ時期に、のちの夫となる男性も友達として通ってくれるようになりました。その2人に大いに助けてもらいました。

相談できる人がいるって大事ですよね!ただ、人を雇うときは不安などありませんでしたか?

最初にバイトに来てくれたのは、当時お店で開催していたアイシングクッキー教室に来てくれていた大学4年の学生さんです。就職まで1年足らずだし、万が一売り上げが厳しくなってもこの期間ならバイト料を払えるだろうという楽観的観測で雇いました。できたばかりのお店の力になってくれて本当に感謝しています。彼女は昨年出産して、今は育児仲間としてお付き合いが続いています。

酒井さんもお子さんがいらっしゃるんですよね。

起業して今年で7年になりますが、今から3年前に結婚し、その1年後に子どもが生まれました。子どもは現在2歳です。生後3か月から保育園のお世話になっています。1歳までは熱を出すことが多くて、大変でした。だいたいお昼寝のころに熱が出て保育園から連絡が来るんですよね。お店はランチタイムが終わるころなので、お店を閉めて迎えに行ったり、発熱2日目は夫が昼過ぎまで面倒を見て、途中で私とチェンジしたりと、夫婦の連係プレーでなんとか乗り切りました。お店のイベントがあって、どうしても私が休めないときには、夫が有休をとって対応したりもしました。成長するにつれ体も強くなり、熱を出す頻度も減ってきているので今はほっとしています。私の母はフルタイムで夜勤もある仕事なので、預けたことはありません。

夫婦間の連携プレーのみで回してるんですね。頭が下がります。

祖父母に預けられないご家庭は、みんなどうにかして乗り切っていると思います。普段はお店をやっている利点を活かして、空いている時間に子ども用の離乳食や食事を仕込んでおくなどの工夫をしています。家に帰ったら食べさせればいいだけなのですごく便利です。お店を土日も開けているため、土曜日は保育園、日曜日は夫が子どもの面倒を見ています。夫は三交代の勤務体制で夜に出勤することもあるので、そこをうまく利用しています。

でも「もう1人子どもを持ちたいか」と聞かれたら躊躇しますね。2人の子育てをしながらのお店経営はちょっと想像できません。なぜなら、企業勤めのように産休育休の福利厚生がまったくないので。休んでいる間はひたすら家賃などの経費がかかるだけです。出産休業中のお店の家賃補助などがあれば助かる起業家女性がたくさんいると思います。個人事業主がもっと出産育児しやすい世の中になればいいなと切に感じます。

ちなみにお1人目を出産するときはお店の管理はどうしてたんですか?

半年間休みを取って、その間は代理店長にお願いしました。ただ、この代理店長をやってくれる人を探すのに非常に難航して、一時は「このまま誰も見つからず出産できないかもしれない!」と、かなり落ち込みました。知り合いのつてで探しまくって、なんとか半年間だけお店を回してくれる方を見つけることができましたけど、あんな思いをするのはもう懲り懲りです。

支えてくれる常連さんたちの存在

責任が自分ひとりにかかっているからこそ、自分が動けないときの対応が難しいですね。では、お店をしていてうれしいことを教えてください。

常連さんが多いのですが、常連さん同士が仲良くなって、コミュニティが生まれていくのが何よりうれしいです。自分がいなかったらこのつながりがなかったかもしれないと思うと、ご縁をつなげるきっかけとなれたことの喜びを感じます。常連さんがほかのお客さんを連れてきてくれたりもするので、お店としても感謝するばかりです。

新型コロナの前までは、2か月に1回の頻度でマルシェ(市場)を開催していました。個人のクリエイターさんが作品を並べて、ちょっとしたお祭りのような感じです。常連さんたちが勝手に上手に品物を並べてくれるので、私は特に準備もせず楽しむだけ(笑)。常連さんに支えられ、みんな仲がいいのがこのお店の財産です。

常連さんたちの力、すごいですね!

いろんなことをしている方たちが本当に多いんですよ。しかも、私が考えるのではなく、「こんなことしたい!」という提案が来るんです(笑)。今までもたくさんのイベントをしてきました。占いイベント、コーチングレッスン、ベビーマッサージ教室、ヨガ教室、ギター教室、アイシングクッキー教室など。今はコロナ禍でイベントはできていませんが、唯一今も続けているのは経済新聞を読む朝活です。場所代はもらっていないので、その分ランチセットを注文してもらったりしています。個人経営者の方たちのネットワークに入れてもらって、いろんな人との出会いがあり、ウィンウィンの関係ですね。もちろん普通に食べに来てくださる方も大歓迎です。おひとり様も多いです。おひとり様だからこそ、つながりやすいんです。

ものすごく素敵な場所だと思います!私も食べに来ます!内装からして本当に好きです。

店名のapila(アピラ)はフィンランド語でクローバーという意味です。北欧が大好きで、主にフィンランドのもので店内をレイアウトしました。フィンランドは子どものころから憧れの場所で、3年前に新婚旅行で初めて訪れることができました。2月に行ったので、昼間はなんとか明るいんですけど暗くなるのも早くて、ムーミンパークなどの施設も休業しているところが多かったので、今度は暖かい時期に行こうと決めてます。

うれしかったのが、フィンランド航空の機内では紙コップやブランケットなどのグッズが大好きなマリメッコ(フィンランドのアパレルブランド)だったこと。北欧の方たちの大きな体型サイズに合わせて、機内の座席は広々としているし、機内でオーロラも見れて最高でした。ヘルシンキの空港に到着したときに、いつもお店で取り寄せて使っているコーヒーのブランドが目に入ったのもうれしかったですね。

憧れの地フィンランドで食べた『カルヤランピーラッカ』。お店でも手作りを提供してます!

やっぱり好きなものに触れるって幸せな気分になりますよね。お店と育児で忙しい毎日かと思いますがプライベートの時間はありますか?

カフェ巡りです。息子を一緒に連れて、石川県内はもちろん富山、福井も含め、毎週どこかに出かけています(笑)。お店を見つけるときは、もちろんSNSは参考にしますし、お客さんにもカフェ巡りが好きな人が多いので、そこから情報を得たりもしています。靴を脱いで入って、お座敷でご飯が食べられる素敵な古民家カフェなどに出会えると、「ああ、こんなお店にしたい!」とつい思ってしまい、趣味が仕事にもなっています(笑)。

これからも新しい知識を得ながら経験を重ねていきたい

よい意味での職業病ですね(笑)。さて今後のキャリアプランについてはどのように考えていますか?

このお店が入っている金沢市公設花き市場は10年以内に中央市場に吸収合併されると聞いています。ですので、近い将来、移転について考えなければなりません。もし移転するのであれば、子どもに優しいカフェをやりたいです。小さな子どもたちが遊べるスペースがあって、お座敷もあるような。今のお店にはソファーと子ども椅子しかないので、子連れのご家族がもっと安心して過ごせるような場所を作れたいいなと思います。常連さんには、ベビーマッサージ指導や雑貨製作をしているママも多いので、彼女たちとコラボして何かをやるのも楽しいかもしれません。

昨年マザーズコーチングスクールを受講して、お母さんの自己肯定感を高めることが子どもの自己肯定感を高めることを学びました。悩んでいる親子に寄り添えるように、コーチングやコミュニケーションレッスンの講師もしていけたらいいなと考えています。手始めにここでイベントとしてやっていきたいですね。

いいですね。ぜひ夢を叶えていってください!最後に若い世代の方たちへのメッセージをお願いします。

何より大切なのは自分自身なので、自己のモチベーションや自己肯定感を大事にしてほしいと思います。自己肯定感を上げるために私が心がけているのは、経験を重ねることと知識を得ること。小さなチャレンジを積み重ねることで経験値は上がるし、知識を身につければ全体を広く見渡せるようになり、物事を回せるようになります。

あとは「なんとかなる精神」ですね。私も落ちるときは落ちますが、そんなときの自分も許すようにしています。真面目になりすぎずにゆるく考えること。ダメだったときの落ち込みを少なくして、ニュートラルに戻りやすいようにしておくと、自分自身が楽だと思います。

自分が変われば環境も変わります。これからも「なんとかなる精神」で前に進んでいきたいです。

■一日のスケジュール

6:30 息子と起床
朝ごはん、お着替えなど+自分の支度
7:40 家を出る、息子を園に送る
8:00 店到着、仕込み
9:00 営業
17:00 閉店
17:30 息子を迎えに行く
18:00 帰宅、ご飯の準備
18:30 息子とご飯
19:00 息子とお風呂
20:30 寝かしつけ
21:00 息子就寝
23:00 就寝
夫がいる場合は夫がお風呂、寝かしつけをすることも多いです。
夫が家事をしていることも多いです。

My History

18歳 金沢商業高校卒業後、金沢市内ホテル入社
宴会サービス業務5年ウエディングプランナー1年
23歳 北欧カフェapila開業
26歳 結婚
27歳 出産
29歳 現在

2021年2月取材
インタビュアー 長谷川由香(子育て向上委員会)