吉岡紗衣子(合同会社 グッドネイバーズ)

吉岡紗衣子/1983年生まれ 和歌山県出身 子ども2人/合同会社 グッドネイバーズ Chief Operations Manager

外国人観光客の増加を背景に、近年注目を集めているゲストハウス。インバウンド需要が高まっている金沢でも、新しいゲストハウスが次々にオープンしています。今回取材にお応えいただいたのは吉岡紗衣子さん。夫の拓也さんが代表を務める合同会社グッドネイバーズでChief Operations Managerとして、市内4軒のゲストハウスの運営に携わっています。

大学卒業後、就職活動をせずに東京へ

もともと金沢のご出身ではないんですよね?金沢に来るまでの経緯を順に伺ってもいいですか?

 生まれは和歌山県です。高校卒業まで和歌山で過ごし、大阪大学に進学しました。専攻は日本学です。日本学では民俗学や文化人類学、現代文化などを学ぶんです。当時大好きな女性アイドルがいまして、その勢いで「日本のアイドル研究」をテーマに卒論を書きました(笑)。

 大学4年生になると周りの同級生たちはみな必死に就職活動を始めます。でも私はあまり乗り気になれなくて、就職活動は一切せず、働き先が決まらないまま大学を卒業。卒業後は特にあてもなく、ただ「東京に行ってみたい」という思いで上京しました。とはいえ、働かないと生活することができません。仕方ないのでタウンワークで仕事探しです。で、宝石の製造、卸、販売をおこなっている会社に就職しました。

宝石関係の会社ではどのような仕事をされていたんですか?

 インターネットショップの店長を任されました。仕事自体は嫌いではなかったのですが、当時不景気だったこともあり、年々業績が下がっていくのを目の当たりにして、「別業界に転職した方がどうやらよさそうだな」と感じるようになりました。結局3年ほどお世話になり、他社へ転職することにしました。

 次に就職した先は(株)ディー・エヌ・エーです。宝石関連会社でのインターネット事業の経験を活かして、ウェブディレクターとして、主にインターネットショッピング事業に携わりました。

激務のディー・エヌ・エー時代。出産と仕事への葛藤

インターネット・ゲーム関連事業の大手企業となると、やりがいのある仕事をさせてもらえそうですね。

 時代を牽引しながら成長している会社だけあって、仕事はとても刺激的で面白かったです。給与面や福利厚生面でも申し分ない会社でした。社内には優秀なスタッフがずらりと揃っていて、みんな終電まで働いているんです。楽しいと同時に激務でもありました。

 プライベートでは、このディー・エヌ・エー時代に結婚をしました。夫は宝石関係の会社にいたころに知り合った人です。そして東京にいる間に2度の出産もしています。

東京で妊娠・出産・子育てと仕事を両立するのは相当大変だと思うのですが。

 産休に入るギリギリまで働いていて、産後は10ヶ月の産休を取ってから会社に復帰しました。実母が近くに住んでいたので、助けてもらうこともできましたが、基本は保育園です。

 子どもが熱を出したときには、自分と夫とで互いに仕事の融通を利かせながら何とか乗り切りました。

『スーパーキャリアワーキングマザー』じゃないですか。

 とんでもない(笑)!

 周りの女性たちが、みんな仕事ができて意識が高いので、育休後会社に復帰してからは常に劣等感の塊でした。彼女たちは毎日遅くまで仕事をしているのに、私は子どものお迎えのために定時あがり。

 もちろん仕方のないことなのですが、「子育て中だから仕事を十分にできないんだ」と、子どもを言い訳にしている葛藤がすごくありました。でもできないものはできない。悩んだ末、キャリア志向は復帰後の早い段階で捨てちゃいました。以降は、ほどほどに頑張ろうという志向です。

終電帰りが当たり前だったディー・エヌ・エー時代

夫が「起業する!」と言い出した

 夫は主体性を持って家事や育児をする人なので、その点は非常に助かりました。生まれたばかりのころは気づいてくれない部分もありましたが、「こうしてほしい」と、率直に思いを話すうちに、積極的に家事や育児に関わるようになりました。

忙しい中でも子育てを夫婦で協力し合えていたというのは理想的ですね。

 ただその夫が「俺は起業する!」と、ある日突然言い出したんです。

面白そうな展開です(笑)

 いやいや、私は大反対でした(笑)。「なに言ってんの?意味わかんない!」と。

 経験がない。小さい子どももいる。できるわけがない。反対する理由なら山ほどあります。

 当時夫は観光業界に転職して1年目でした。転職後1年も経っていないのに「自分も観光ビジネスのアイデアが浮かんだ。やるしかない」と言うわけです。さらに、「観光地、しかもこれからインバウンドが飛躍的に伸びる地域がねらい目だ。たとえば金沢!」と。

なるほど。少し流れが見えてきました。

 仕事をしながら、起業に向けての情報収集や準備を始めた夫ですが、簡単に開業の目処は立ちません。その様子を見て、正直なところ「そのうち飽きて、違うことを言い出すだろう」と思っていました。ところが起業宣言から半年近く経ったころ、「退路を絶てば思い切り前に進める」と、会社に辞表を提出。勝手に起業1本で行く覚悟を決めてしまったんです。

ああ、決めちゃいましたか(笑)。そのころのご自身の仕事や育児はどんな風に回していましたか?

 ちょうど夫が会社を辞めたころ、金沢に今の物件が見つかりました。物件が決まり事業が動き出したことで、近い将来、一定期間夫婦が金沢と東京に離れ離れになることが想定できました。

 普通こういうときは、プライベートには新たな変化を求めずに現状維持に努めますよね。夫の場合は違います。「開業したらバタバタするし、きょうだいの年齢差や自分たちの年齢を考えたら、今子どもを作った方がいいよね」と(笑)。

 普通じゃない考え方ですが、私も子どもは2人ほしかったので、先のタイミングを待つよりも今の方がいいかなと決意し、この時期に第2子を妊娠・出産しました。

キャリアを取るか、家族を取るか

いろいろな意味で激動の時期ですね。

 はい(笑)。でも第2子妊娠中は、夫が起業準備という名の無職状態だったので、私は結構快適でした。彼が家事育児全般を担当してくれていたので、思う存分仕事に没頭できるんです。残業して帰っても家事育児に忙殺されることがない。こんな生活もいいなぁと思っていましたね。

 第2子を出産して、生後4か月のときに夫が単身金沢へ向かいました。私は早めに育休を切り上げ、ディー・エヌ・エーに復帰です。私と子どもたちが夫の住む金沢に移住するのは、まだまだ先の予定でした。しかし、離れ離れで暮らし始めてほどなくして、上の子がお父さんシックにかかってしまったんです。

ああ、それは辛いかも。

 「家族は一緒にいるべき」という考えと「ここを辞めたら二度とこんなにいいところに就職できない」という考え。この二つの間で揺れ動き、ものすごく悩みました。たくさんの人に相談しました。悩み抜いた末、出した結論が「長い人生の中で、今は自分のキャリアよりも家族を優先する時期なのだろう」です。

 一度決めた以上、自己犠牲の気持ちを抱えすぎると、自分も辛いし、周りへの態度にも出てしまいます。最終的には「もうしゃーない」で割り切り、退社を決めました。

人生のワーストタイム到来

そしてついにお子さん2人とともに新天地金沢に引っ越してきたわけですね。

 実を言うと、金沢に引っ越してきてからの数ヶ月が私の人生のワーストタイムです。年度途中で越してきたため、子どもたちを保育園に預けることができず、しばらくは専業主婦にならざるを得ませんでした。

 夫は朝から晩まで仕事に従事。「ホテルだから小さな子どもを連れて来ちゃだめ」と言われ、土地勘のない金沢で、行く場所もなく、知り合いもおらず、2児を抱えて孤独に耐える日々。煮詰まった私が子どもを怒鳴り、子どもは大泣きをするという暗黒の毎日が繰り返されました。

私も経験者なので、その気持ちを痛いくらい理解できます。そこからどうやって抜け出せましたか?

 まず、金沢市が発行している育児冊子や育児サイトを参考にして、子どもたちと一緒にお出かけするようにしました。バスを駆使して、遠くの公園にも行きました。市の子育て情報をキャッチできるようになると、身近な場所にいろいろな施設やサービスがあることに気づくんですよね。

 同時に、私の負のオーラを感じ取った夫が、「交代して子どもの世話をするから、一緒に働こう」と提案してきたので、それに乗っかりました。最初はゲストハウスの掃除からスタートです。徐々に、経理やバックヤードの仕事など、仕事の幅を広げていきました。当初は英語があまりできなかったので、もっぱら裏方担当です。

 しばらくは夫と交代しながら子どもの面倒を見ていましたが、新年度から保育園に入所できたので、その後はずいぶんと楽になりました。

スタッフとともによりよいゲストハウスを作り上げたい

今は具体的にどのような仕事をされているんですか?

 グッドネイバーズでは、現在4軒のゲストハウスを経営しています。私はそれらすべての総務、経理、人事、フロント業務の管理をしています。

 仕事は純粋に楽しいです。日々たくさんの方との出会いがあります。ゲストハウスの特徴として、海外からの観光客が大半なので、飲食店のような常連さんがほとんどいないんですよ。私は一期一会のような人付き合いが好きなので、そういった意味でも適職かもしれません。

 25名のスタッフが楽しそうに仲良く働いているのを見るのも好きです。

 「何を作るか」ではなくて「誰と作るか」というのが私にとっては重要なので、スタッフみんなと試行錯誤しながら、よりよいゲストハウスを作り上げていく過程はとても楽しいです。スタッフ同士の仲もよくて、一緒に遊びに出かけたりしているのを傍目で見ていると、嬉しくなりますね。

ゲストハウスのスタッフとお客さんと

なんだか楽しそう。私もゲストハウスで働きたくなってきました。一方で大変なこともあると思いますが。

 実務責任者というポジションですので、何かあったときには常に対応しなくてはいけないという点が大変といえば大変かもしれません。当然休みの日も関係ありません。完全オフという概念はないですね(笑)。

 でも、それが全然苦じゃないというか、そういうものだと思っているので。客観的に見れば大変なのかもしれないけれど、私は少しも苦痛に感じてないです。

フロント業務の最中です

夫婦で一緒に仕事をしているからこそのエピソードってありますか?

 夫は新規事業の展開に力を入れていますし、私は4つのゲストハウスの管理運営が主な業務なので、四六時中同じ空間で過ごしているわけではありません。でも、一緒に仕事をする中で発見できたことは多々あります。

 例えば、夫は自宅では靴下を脱ぎっぱなしにするし、見える汚れを気にしません。「脱ぎ散らかさない」とか「きれいにする」とか、その都度指摘して直してもらっていたのですが、ゲストハウス内の汚れに対しては「ここをきれいにしないと」と夫自ら気づくという!(笑)

 家庭で気づく点と仕事で気づく点がこうも違うものなのかとびっくりしています。些細なことかもしれませんが、家庭とは違う仕事目線の夫を知ることができたのは意外な収穫でした。

興味深い話ですね。違う角度から夫を知ることは、夫婦関係にプラスをもたらしそう。さて、ご自身の今後のキャリアプランについてはどう考えていますか?

 このまま今の仕事に精を出すのか、家庭優先で行くのか、これまた悩み中です(笑)。

 私は自分の思いで起業したわけではありません。まず夫の思いがあり、配偶者という立場で今の仕事をしています。夫は会社をもっと大きくして多角展開していきたいという情熱を持っています。小さな家族経営の会社ならば気にすることないかもしれませんが、大きく成長させることがゴールにあるならば、「配偶者という理由だけで、自分が管理的立場にいていいのだろうか」という気持ちは常にあります。

 もしかしたら今の仕事を続けているうちに、自分自身のやりたいことが出てくるかもしれないですし。そのころに子どもが手を離れていれば、私自身で何か新しいことをしているかもしれません(笑)。

パートナーとのコミュニケーションを何より大切に

人生、何があるか分からないですもんね。お忙しい日々かと思いますが、プライベートの時間などはありますか?

 土日祝日は基本的に仕事なのですが、平日週2日は夫婦揃って休みを取るようにしています。月に1回程度は、仕事と勉強を兼ねて家族旅行に出かけます。最近は白川郷、高山、大阪に行きました。来月は初めて佐渡島に行ってきます。普段観光客を受け入れる立場にいるので、他の観光地を見て回るのは非常に勉強になります。

子連れタイ旅行のひとこま

旅行以外では、子どもが生まれる前までは少林寺拳法とバイクが趣味だったので、それらもいずれ再開できたらいいなと思っています。

仕事と家庭のジレンマでたくさん悩んできた吉岡さんから、最後に若い女性のみなさんへのメッセージをお願いします。

 女性がキャリアを形成していく上で、結婚・出産・子育てといったライフステージを迎える時にぶつかる壁は、想像以上に大きなものです。パートナーを持ち、自分らしい生き方をしていくためには、相手との関わり方が非常に重要だと感じています。私が心がけているのは、パートナーとしっかり話をすること。

 「言わなくても分ってほしい」や「察してほしい」ではなく、自分の思いを言葉で伝えること。コミュニケーションに手を抜かないこと。

 私は結構自信家の方ですが(笑)、それは夫が私の中に尊敬できる部分を見出してくれて、それを伝えてくれているからかもしれません。尊敬し合えるパートナーを見つけて、互いに協力できれば、女性が仕事をしながら生きていく上で大きな力になると信じています。

1日のスケジュール

7:40 起床
8:00 朝番シフトで出勤(子どもは夫が保育園に連れて行く)
ゲストハウスのフロントスタッフとして、接客・客室清掃・予約管理などを行う
16:00 夜番シフトと勤務交代
そのまま宿でパソコン作業。予約サイトのデータ更新や、人事・経理・総務などバックオフィス業務の処理など。
18:00 保育園お迎え
18:30 家族みんなでお風呂
19:00 家族みんなで夕食
20:00 子どもたちと遊ぶ
21:00 就寝の準備
21:30 絵本読み・就寝

※シフトは夜番で入ることもある。夫婦どちらかが夜番の場合は、もう片方が子守担当。

My History

22歳 大阪大学文学部卒業。卒業後東京へ。
23歳 宝石会社入社。BtoCネットショップの運営。この頃に同業だった夫と出会う。
26歳 宝石会社退社
27歳 (株)ディー・エヌ・エー入社。ショッピングモール事業部ウェブディレクターとして勤務。結婚。
29歳 第1子出産
31歳 第2子出産。夫が起業のため単身金沢へ。
32歳 (株)ディー・エヌ・エー退社、金沢へ母子ともに移住。合同会社グッドネイバーズ入社。
35歳 現在

2018年7月取材
インタビュアー 長谷川由香(子育て向上委員会)